1週間前の亥鼻に続き、2度目の平日まち歩きは千葉市の中でも変化の激しい街・稲毛です。今回も平日にもかかわらず14名の方々にご参加いただき、賑やかなイベントとなりました。

解説ポイントは、京成稲毛駅、稲毛の古い町並み(草野水路沿い)、千葉トヨペット、民間航空記念碑、ゆかりの家、浅間神社、ギャラリーいなげです。このルートのハイライトである神谷伝兵衛別荘は耐震工事中、景観バツグンの稲毛陸橋も塗装工事中ということで見れませんでしたが、その分、ほかのところを深くしつこく解説をさせていただきました。

スタート前に稲毛の変貌について絵を見ていただきながら解説しました。まさに変化の連続と言うコトバがピッタリの稲毛です。

本日のルートはこちらです。京成稲毛駅からゴールはギャラリーいなげとしました。

カシミール図で見ると稲毛の魅力がよくわかります。右上は下総台地、左下は埋立地です。つまり左上から右下に走る国道14号線は埋立前の海岸線でした。

明治初期にはポツポツと住民が増えてきました。

明治42年の今昔マップでは、まだまだ漁村という状態です。検見川の方が栄えていたようです。

大正13年には京成線が開通してリゾート地としての開発が進みました。

昭和初期の鳥瞰図です。今でいうとJR稲毛駅辺りから海の方を上空から見ている図です。ちょうどセンターには浅間神社があり、そのすぐ横には明治時代に建てられた海気館という旅館も見えます。

これは当時の海気館の様子です。風光明媚なリゾート地として栄えた稲毛海岸の様子がよくわかります。

昭和43年には第一次埋め立てで陸地が増えています。

そして昭和53年には今の形ができ上がりました。

こちらは現在。JR稲毛駅辺りから海の方をGoogle Earthで見てみました。浅間神社は変わらずですが、海岸線はまったく見えません。

稲毛はこうして時代とともに変貌をとげてきました。その変化を感じながらのまち歩きスタートです。

京成稲毛駅からスタートです。

千蔵院周辺は、かつての稲毛の旧家が集まっている場所なのです。

この辺りは川島さんがたくさん!

川島さん以外に、海宝さん、布施さんも多いのです。

やっぱり川島さん優勢!

調べたところ、稲毛町5丁目の総人口4,300人のうち、川島さんは300人もいるそうです。凄い比率ですよね。

あと、この周辺はなぜか青い屋根の家が集中しているのです。理由は謎…。

 

国道14号線を海側にわたります。

千葉トヨペット本社です。
明治32年に旧日本勧業銀行本店として、現在の東京都千代田区内幸町に建築された木造2階建ての建物は、その後、大正15年に習志野市の谷津遊園へ、昭和15年に中央区長洲へ移築され、昭和36年まで千葉市役所庁舎として使用されていました。昭和40年に国道14号に面する現在地へ移り、今に至っています。

千葉トヨペットの中を見学させていただきました。

古くは砂浜が滑走路として使われていました。ここは「民間航空発祥之地」です。

ゆかりの家は、中国清朝のラストエンペラー愛新覚羅 溥儀の実弟の愛新覚羅不潔と妻・嵯峨 浩が、半年ほどこちらに居を構え、新婚生活を送った場所です。

ゆかりの家の庭はよく整備されています。

浅間神社の二の鳥居から登っていきます。

浅間神社の本殿です。

ギャラリーいなげの庭はとても良い雰囲気なのです。

ギャラリーいなげの学芸員・行木さんに稲毛海岸今昔物語をスライドショーで見せていただきました。

改装中の稲毛陸橋はレゴブロックのような風情です。

日差しもあって暑い日でしたが、無事にゴールできて良かったです。ご参加の皆さん、ありがとうございました。

稲毛は時代の要請にこたえて街の役割を次々に変えてきました。4つのキーワード、感じていただけましたでしょうか?
1.通る(街道)
2.働く(漁業・農業)
3.遊ぶ(レジャー、別荘地)
4.住む

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