地図ラー史上初の平日昼間のまち歩きイベントをおこないました。7名の皆さんにご参加いただき、千葉中央駅からスタートして亥鼻山コースを歩きました。

解説ポイントは、千葉中央駅、千葉県庁、お茶の水、亥鼻公園 、千葉大学医学部、七天王塚、丹後堰用水路、大和橋、千葉市美術館と本町通りです。

このコースの特徴は何と言っても高低差。縄文海進の時は海だった低地から、下総台地の端っこの舌状台地である亥鼻山は標高20メートル程度ですが、千葉の街の成り立ちに大きな影響を及ぼした地形の事情を加味しながら解説をしていきました。

千葉市街地は、主には歴史的な背景と戦争の影響に大きく影響された作りになっているのですが、今回はその歴史が作られる前段階から言及することにより、もっと深いところからのアプローチを試みました。

亥鼻山のまち歩きは通算4回目、千葉で歴史好きの人には定番のコースです。しかしこの辺りの歴史の記録は江戸時代以前は残っていませんので、正直よくわかないことも多いのです。

ただ、色々なアプローチでその歴史を解き明かすこと、地図からの想像力を働かせるのも楽しいものです。では写真でコースを振り返っていきましょう。

千葉中央駅からスタートです。

県庁前にある羽衣の松。天女の伝説があります。

モノレール県庁前駅の上空は終点と丸い回廊が美しいのです。

ここはモノレール県庁前駅の交差点にある千葉市の道路元標です(ご参加の片岡さんに教えていただきました)。しかしガードレールに阻まれて写真は撮れませんでした。

智光院は亥鼻山の山裾にあります。

千葉常胤が源頼朝にお茶を献上したという言い伝えの「お茶の水」

標高20メートルの亥鼻山に登ります。

千葉城こと郷土博物館です。レプリカとは言え、それなりに歴史を積み重ねた建造物です。

千葉大学亥鼻キャンパスを歩きます。

千葉大学医学部の玄関ホールにはステンドグラスがあります。

ここは千葉大学病院の旧精神科病棟、現在はサークル会館になっています。夜はちょっと怖そうです。

七天王塚の説明は副会長から。この塚にまつわる7つの伝説を熱く語りました。

千葉大学医学部に残るB29 の銃弾跡。

丹後堰用水路の見取り図です。寒川や千葉寺の田んぼに用水が供給されています。

丹後堰用水路が開渠になっているところ。

丹後堰用水路の上、千葉医科大学病院という旧名の門があります。

終点は千葉市美術館のさや堂ホール前です。

そして今回皆さんにお見せした資料はこちらです。

更科日記から推定される平安時代の千葉市の様子です。

緑色が縄文海進時の海岸線、水色が2000年前、ブルーが平安時代です。

千葉市街地の標高です。亥鼻山は標高10メートル以上、内海だったところは低く、砂州だった本町通りは高くなっていることがわかります。

亥鼻山周辺は、その高低差ゆえに、様々な歴史上の出来事が繰り広げられてきました。現在の千葉市域からするとかなり狭い範囲の話なのですが、ここに堆積した歴史の地層は900年分、いや、それ以上の厚みがあります。その時代時代に思いを馳せながら、昔の姿を思い浮かべて歩いてみましょう。

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