東京・日本橋でのフィールドワーク、千葉・地図ラーの会主催、ナンデデスカ?

はい、今回のフィールドワークは運命の出会いから始まった企画なのです。ときは2017年12月、当イベントから半年前のこと、我々が企画力・実行力・運営力の限りを尽くして開催した「街歩き写真家展&地図Bar」で衝撃の出会いがあったのです。

「街歩き写真家展&地図Bar」は平日3日間の開催でしたが、その2日目のこと、Twitterを見たと言って来てくれたのが今回の案内人である山本将大君でした。高校2年生(当時)、日本橋在住、地図や歴史が大好きな少年は、写真家展の会場で、ずーーーーーーーーーーっと日本橋愛を喋り倒していきました(笑)。

そして3日目、再び日本橋の巨大な地図帳を持ってやってきた山本君は、またしても、ずーーーーーーーーーーっと喋り倒していきました(爆)。

僕たちは、こんな若者がいること、出会えたことがもう嬉しくて嬉しくて、この時点ですでに日本橋フィールドワークはスタートしていたのです。日本橋への強烈な愛、そして深くて広い知識、それをたくさんの人に伝えたいという熱意、さらに速足で歩きながら喋り続けるスタミナ、ストレートに気持ちが伝わるその言動まで、もう今すぐにでも一緒に街を歩きたくなる若者でした。スタン・ハンセン、ブルーザー・ブロディ、ロードウォリアーズ、ディープインパクト、オルフェーヴルを全て足し算・掛け算したようなと言えばわかりやすいでしょうか(笑)。

千葉・地図ラーの会なのに、東京都心で街を歩くイベントはこうして実現したのです。この若者に主催デビューしてほしい、皆さんに紹介したい、そういう気持ちで精いっぱいのサポートをしてきました。

当日配布したマップは、ほとんど全てを山本君が執筆しました。回るルートやポイントになる場所も全て山本君の企画です。僕たちにとってはかなり楽な制作作業でしたが、おそらく今まで作ったマップと遜色のない品質のものが出来上がったと思います。まさにアッパレでした。

それでは写真とともに当日のルートを復習していきましょう。

集合は東京駅丸の内中央口です。今回サポートをお願いした面々で受付作業です。

さぁ、いよいよ歩き始めです。写真の右の方には山本君の後輩である女子高生グループの顔も見えます。

颯爽とピースサインをしているのは、6月17日平井フィールドワークを主催してくれる、川原さえこさんです。

5月に千葉・地図ラーの会の記事を掲載していただいた、地域新聞メンバーにも参加していただきました。

このグループは懇親会で利用させてもらった神田のラウンジ彩々チームです。女子高生から見るとお爺ちゃんポジションです。

山本君は後ろ向きに歩きながら、ポータブルマイクを使ってずっと喋り続けます。今までのフィールドワークにはない絶景です。

信号待ち。1回で全員渡るように!と容赦ない指示が飛びます(笑)。

東京ビルヂングの壁にはゴジラギャラリーが!でも見入ることはできません。

ゴジラが見たい人を先へ先へと誘導する山本君。この辺で、かなりの塩対応であることを皆さん感じ始めています。

日本経済の父・渋沢栄一像の前で記念撮影!

江戸時代の迷子センターがあった、一石橋を渡ります。

この日は会長自らセバスチャン。ステージを持って歩きました。

首都高江戸橋の前で熱い解説!

日本橋郵便局は日本郵便発祥の地で、元旦の年賀状配達出発式が中継されます。

日本橋ダイヤビルディングはいわゆる三菱倉庫の本拠地で、トランクルーム生みの親。

いつものフィールドワークといちばん差があるのは年齢層。山本君の後輩で高校1年生4人組は宿題のレポートのために熱心にメモを取っていました。

日本橋小学校はあの西郷隆盛の屋敷があった場所。

ここは銀行発祥の地。壁面にはたくさんのパネル展示があって楽しめるのです。

浜町川暗渠を歩きます。上空には首都高速がそびえています。

まるで参加者のような弁慶さんの前で2回目の記念撮影。

延々と続く浜町川暗渠は途中で細い道になったり。

途中で、立原道造の旧家を探せ!ゲームをおこないました。古地図を頼りにみんなで歩いて探し当てました!

ここは1つの公園ですが、半分が千代田区立龍閑児童公園、半分が中央区立龍閑児童遊園です。ここは龍閑川、千代田区と中央区の区界なのです。

十思公園は伝馬町牢屋敷があった場所です。解説にも熱が入ります。

昭和通り沿いには千代田区と中央区が仲良く並んだ看板も。

ゴールは龍閑橋です。昔のままの橋げたが残されています。

最後の解説。会長も副会長も安堵の表情。

参加していただいた皆さま、応援してくださった皆さま、いつもありがとうございます。今回も千葉・地図ラーの会らしい、楽しさ溢れるイベントにできたと思います。

また次回もどうぞよろしくお願いいたします。