2017年10月の千葉スリバチ学会さんとのコラボ企画以来、今回は東京スリバチ学会さんとのコラボ企画で東京板橋を歩いてきました。

キャリア2年に満たない私たちにとっては、どこのグループとコラボしても雲の上の存在ですのでかなり緊張するのですが(ホントです!)、それでも今回もしっかり自分たちのペースをキープしながら皆さんをご案内してきました。

千葉・地図ラーの会の担当は志村城と赤塚城。この2つの古城跡は千葉開府でお馴染みのご存知!千葉常胤の末裔で、この地区に流れてきた武蔵千葉氏の居城だったのです。そのため地形以外の歴史部分を担当させていただいたというわけです。

板橋というのは実は地形の凹凸の宝庫で、高台と低地が織りなす景観と歩き甲斐は、全国のスリバチストさんたちには垂涎の的なのです。西の方からせり出してくる武蔵野台地、この辺では西から東に流れる関東屈指の大河である荒川、そして荒川に流れ込む大小の川たちがこのウットリするような地形を作り出しているのです。

今回は都営三田線の志村坂上に集合して、東武東上線の成増までのルート。人数はなんと60人!さすがメジャー団体の集客は凄まじい!

朝礼ではコース案内と諸注意を。主催3人で気合いの出発宣言です。

志村坂上駅に集合!

右から、東京スリバチ学会会長・皆川典久氏、千葉・地図ラーの会会長・小川順一、副会長・田中幸穂

志村一里塚

志村一里塚

ここは中山道の3番目の一里塚となります。江戸時代の道路標識であった一里塚ですが、都内に残る一里塚はここ志村と北区西ヶ原の2か所だけなのだそうです。

見次公園

ここは地元の人たちにとっては憩いの場です。まさかこの長閑な場所を、虎視眈々と高低差と暗渠を探して歩く60人が通っているとは誰も思わないだろう(笑)。

見次公園

見次公園

この急坂を上るには、ロープの助けが必要。街中に平然とこんなところがあるのも板橋の魅力です。

志村城址

熊野神社

志村城の鳥観図

熊野神社がある場所は志村城の二の丸で、今でも堀の跡が残されています。志村城は千葉信胤の居城でしたが、信胤は千葉氏宗家ではなく、ルーツは結局わかりませんでした。

日本電産コパルビル

本丸があった場所は日本電産コパルさんです。今回の鳥観図はコパルさんの社史からの抜粋でした。

出井川暗渠。この辺の小さな流れはほとんど暗渠化されています

いったん下りてすぐに上る。V字谷は皆さん大好物なのです

普通の住宅街の中に普通に階段がある

これも板橋らしい景色

こんなエキサイティングな分かれ道も!!

またまた坂道、またまた階段、体力を奪われる街・板橋

またまた坂道、またまた階段、体力を奪われる街・板橋

高低差を活用した滑り台。大人は滑っちゃダメだって言っただろ!

西台不動尊は崖のはるか上

前谷津川緑道

ここは前谷津川の暗渠で今は緑道になっています。暗渠マニアにはお馴染みの風景かも。

北野神社

前谷津川が削った徳丸谷。その左岸の丘の上にある北野神社は大賑わいです。

水車公園

水車公園

ここには巨大な水車が!なんと電動で動くのです。

されど下り坂

しからば上り坂

高台にある赤塚城址を目指してさらに上る

赤塚城址

赤塚城址

ここで赤塚城の歴史解説を決行。千葉自胤が太田道灌の助けによってこの城の城主になり、ここを拠点に各地を転戦したのだそうです。

溜池公園

高台を下りると釣り人でにぎわう池。実はここは赤塚城の外堀でした。

郷土資料館

この地の歴史を詳しく説明してくれる展示と、昔の民家を復元した建造物もあってとても楽しめるのです。

氷川神社

赤塚城主だった千葉自胤が武州一ノ宮氷川神社の御分霊を奉請し当地に奉ったと言われています。

ゴール

ゴールの成増駅前。大昔に来たときは田舎の駅だったのに、都心並みの人出でビックリ!

今回もご参加いただいた方々には解説書をお配りしました。地形と歴史と妄想が膨らみなんと12ページの大作になりました(笑)。

また、ご参加いただいた浅尾浩一氏がプロデュースした「板橋マニア」も絶賛発売中です。発行元のフリックスタジオさんからもご担当の方々が参加してくださいました。


http://www.city.itabashi.tokyo.jp/c_kurashi/089/089557.html