千葉・地図ラーの会として、千葉市民活動支援センターにグループ登録をしたのがこの9月。NPOやボランティアの団体がメンバー募集やつながり作りを目的に登録している中で、我々千葉・地図ラーの会はナニシテルノ?的な存在ということになります。

ただ、以前NPO関係で懇意にさせていただいていた所長さんが、ぜひ今までのフェスタにはないような仕掛けをご所望とのことなので、イベント目白押しだけどここは一肌脱いじゃおうということで企画しました。

内容はもちろんフィールドワーク。千葉市民としては、千葉市の隠れたチャームポイント、今まで研究を重ねた成果をここで語らずにはいられないでしょう。こんな気合い満点で臨んだイベントでした。

ステージは活動報告ではなくトークショー。千葉の地図クイズや、マニアックな仲間たちのシュールな行動を画像を使いながらしゃべり倒しました。もちろん今までのフィールドワークの様子もハイテンションキープのまま紹介して、あっという間の30分を楽しんでいただきました、きっと・・・。

告知ポスター

会長熱弁!

副会長もハイテンション

30分のトークショー!

そして総勢13名のご一行様で千葉の市街地を歩きました。この日のために仕込んだネタも織り交ぜながらのフィールドワークは、千葉市在住が長い人もご存じない、地形や歴史の謎を解き明かしながらのまち歩きとなりました。

副題としてブラタモリ的と謳っていたとおり、フィールドワーク前半は、県庁がなぜ駅から離れた不便な場所に設置されたのか?をテーマにしました。

その答を見つけるために、亥鼻山を実際に歩きながら、この周辺の歴史を紐解いて行きました。パッと見るとただの坂、ただの橋、ただの道なのですが、それがつながると見えてくるものがあり、感じることができるのです。

初登場のミニのぼりは副会長の手作り

羽衣伝説「羽衣の松」は以前は池のほとりにありました

千葉城(郷土博物館)は亥鼻山にあります。戦後直後の山からの景色を見ながら

千葉大学医学部は昔の病院の建物。東洋一の建築物として威容を誇りました

千葉大学亥鼻キャンパスの中に北斗七星の形に配置された古墳「七天王塚」の1つ

千葉大学病院の前にある超A級スリバチ

亥鼻山を迂回するように作られた丹後堰用水路の跡

千葉常胤が源頼朝にお茶を献上したといわれる湧水跡「お茶の水」

大和橋は千葉開府の時代からの交通の要所です

明治時代からの写真を見ながらの解説です

後半は千葉市街地のかつての賑わいポイントを辿って歩きました。きぼーるから中央公園、千葉神社、栄町通り、東千葉停車場線、旧千葉駅と、昔日の面影と現在の姿に思いを馳せながら、たこ焼きも食べながら(笑)のまち歩きでした。

奈良屋デパート、セントラルプラザだった場所には高層マンションセントラルタワーが

中央公園は昭和33年まで京成千葉駅がありました

中央公園にはこんな古カッコイイ駅舎があったのです

通町公園(以前の大日寺)には千葉常胤の胸像があります

千葉神社には参道がありました。一の鳥居は広小路交差点に面していました

たこ焼きを食べながら栄町通りの昔の賑わいを想う

市民会館の敷地には「千葉駅ここにありき」碑が

千葉駅がここにあった時代の航空写真で今いる場所を解説

夕闇迫る旧千葉駅の前で集合写真

千葉市街地は戦後大きく変化しました。昭和20年に二度にわたって激しい空襲にさらされ破壊されたため、街じたいが作り直されることになったのです。それまでの道路や建物はある程度は残りましたが、駅前大通りを中心に区画が引き直され、まったく違う街に生まれ変わった・・・。ここまで変化したのは全国的にも稀有な街なのではないかと思います。

今回参加していただいた千葉市歴3ヶ月のご夫婦は、今の姿からは想像できないと。古くから千葉市に住んでいる人も、ここまで変化したことに感銘を受けたと。

ブラタモリは、街の魅力を地図地理地形という側面から再発見するという趣旨だと思います。千葉市は観光事業を強化すべく進んでいますので、千葉・地図ラーの会としても、わが街の魅力を少なからず発信できたのではないかと、正直言って自画自賛しているところです(笑)。

フィールドワークを肴に宴は楽し

お約束の瞑想タイム(笑)

宴の最後にいただいたスイーツは千葉・地図ラーの会バージョン!

おしまい