会社の近くを流れる都川を地図で見ていたら、ちょっと不思議な場所を発見…。

都川は千葉市緑区誉田町付近を水源として千葉市中心部を流れる二級河川で全長15.7km。昭和初期、下流にある大和橋付近は水運によって商業が栄えていて、今でも倉庫などの跡を見ることができる。

さて、この都川を河口から遡ると、中流域である若葉区太田町付近で坂月川という支流が左(北)に分かれていく。不思議に思ったのは、この坂月川だ。都川から分かれた坂月川は、順調に北上を続け、千葉市の名所の一つである加曾利貝塚を横目にモノレールをくぐり、桜林高校をかすめて…、すると、いきなりここで川が途切れてしまうのだ。坂月川の源流はどこに行った?ここに豊かな湧水があるとは思えない…。

で、早速現地に飛んでみた(笑)

GWのある日、加曾利貝塚公園の駐車場にクルマをとめ、そのまま歩いて坂月川を目指した。貝塚公園を抜けて徒歩10分くらいで坂月川の流れに出会う。川幅は思ったより狭い。でも都市型河川のような人工感はなく、川幅のわりに広く感じる川原には草が大きく成長して川面を遮っている。

ようやく会えた坂月川

この橋は工事用なので通れない

上流に向かう

草が多くて川が見えない

モノレールをくぐる

こういう合流はけっこう多い

何の設備だろ?

そこからは流れに沿って源流を目指す。どんな景色が待っているのか、ワクワクが高まるにつれ、歩く速度も増していく。

工事が入ると川沿いはしばらく歩けないらしい

道路の下をくぐる

この川には橋がない。川の向こう側にも渡ってみたかったけど、結局この地点から上流には川を渡れるところはない。幹線道路やモノレールは上方を通っているんだけど、あちら側にひょいと渡ることはできないようだ。

川面が見えないほど草が多い

そして、ほどなくその「地点」に到達した。さて、坂月川の果てには何があるんだろう?

見つけた!ここがドンツキ!

暗渠の出口

暗渠の出口

そこは…、地図上でプッツリ切れている地点はなんと暗渠の出口だった。しっかり流れもある。つまり、ここから先にも流れは存在しているということだ。

暗渠は住宅街の中に消えていってしまっているので、一旦ここで川を離れ、暗渠のうえに乗っかっていると思われる場所に向かって歩を進める。

ぐるっと一回りしたら、暗渠は見つけることはできた。かなりハッキリした暗渠サインがある。

柵は暗渠サインだ

間違いなく暗渠

その上には公園もあるけど、そこには暗渠サインがない。周辺を歩いてみたけど、公園は坂道を下りきったところに存在していることがわかったくらいで、流れは見当たらない。

池の周辺の急坂たち

池の周辺の急坂たち

しかし、小桜町内会館という建物が妙なところにあることに気づいた。建物の土台の部分が池の中にあるような仕様になっていて、水があれば池の上にポッカリ浮いた感じに見える。

建物の土台は水上っぽい

池らしいけどいつから水がない状態なのかな

水はないけど池のような低地

今は奥の方の水溜りにしか水はない。でもこの四角いスペースは池にしか見えない。

そうなると、この周辺の坂道の状態からして、この池が雨水を集めていたのかもしれない。そして暗渠を通して坂月川に水を供給していたとしたら、何となく納得できる感じだ。でも、貯水池にしてはかなり小ぶりだ。これはどういうことだろう・・・

未解決のまま、手がかりがないまま、来た道を戻る。するとちょっとした広場があった。ここは、縄文時代に船着場として使われた場所なのだそうだ。そもそも坂月川は水量が多く、都川を含めて水運が発達していたという歴史がある。そうなると、この川原の広さも納得できる。今みたいに都市化が進んでくると雨水がしみて流れになることが少なくなるから坂月川も細い流れになったけど、きっと縄文の頃はけっこうな川だったのだろう。

ここは縄文時代の船着場と思われる場所

でも、坂月川の流れがどこから来ているのかは確たる証拠がない。これは、図書館などで調べるしかないだろう。で、坂月川の謎が解けたら、第二弾を書くことにしよう。それまで、しばしお待ちを・・・。