「暗渠マニアック!」感想文

吉村生さん、高山英男さんの共著「暗渠マニアック!」を読み終わった。内容は、暗渠の意味合い、定義、解説から、各地の暗渠の紹介や分析、そして思いなどなど。暗渠入門書として、すごい引力を感じる名著だった。

いや、入門書というよりも、偶然暗渠に出会い、魅せられ、ズッポリはまり、それが人生になってゆく男女の物語と言った方が正確かもしれない。僕にとって、ガンガン伝わってくる熱量から逃れられない、魅せられずにはいられない秀作との嬉しい出会いだった。

吉村さん、高山さんは、千葉スリバチ学会さんの津田沼フィールドワークの際に、街を歩きながら解説をしていただいた。その縁でこの著書を手にすることができたんだけど、今まで出会った本の感動をはるかに凌駕するものだった。こういう縁があることに感謝せざるを得ない。

だから、この本は僕にしては読み進めるのが遅かった。読了まで約2週間。なぜなら、半分を過ぎて残りページが少なくなるにしたがって、読了してしまうのが名残り惜しくなってしまったのだ。だから後半は1日10ページくらいまでと上限を決めていた。今まで数え切れないほどの本を読んできたけど、こういう経験は初めてだった。

読み始めてすぐのころ、吉村さんと高山さんの文章のテイストの違いが面白いと思った。そのこだわりや感情の伝え方が両極と言おうか、ことごとく異なる。その分析は「おわりに」に記されていて、僕は思わずヒザを叩いてしまったが、それはここには記さず、読んでからのお楽しみということで。

僕が感じたこと。

吉村さんの文章は、僕にはゼッタイ真似できないと思った。彼女は自分の思いをそのまま文章として投影することができる。もちろん、その過程では気が遠くなるほどのリサーチがあったことだろうけど、それを自分のコトバで素直にストレートに的確に伝えてくれる。こういう表現をされると、みんな暗渠が好きになっちゃうと思った。それほど、僕の心に深く刺さるものだった。

一方の高山さんの文章は、まことに僭越なんだけど、僕の文章の組み立て方に似ている。暗渠を楽しんでいることは間違いないんだけど、数値化すること、グループ分けすることによって、理路整然と暗渠の魅力を伝えてくれる。僕が書く堅苦しい長文に比べて読みやすくするための工夫は段違いで脱帽なんだけど、理屈っぽさは同類だと感じた(笑)。

そういうお二人が交互に織り成す暗渠物語。エッセイなのか、解説文なのか、そういう分類になるのかもしれないけど、僕は小説で言うと大作を読み終わったように感じた。日常に溶け込んでしまっている川、しかも自然に流れる川ではなく、暗渠という人の手が加わったものに対する思い入れ、のめりこみ、そういうくだらない(失礼!)、どうでもいいこと(さらに失礼!)にここまで執着して極めてしまうお二人に、大きな衝撃を受けた。

僕は東京神田で生まれ育ったので、いちばん身近にあった川が神田川と日本橋川。江戸時代からの水路はすっかり姿を消していた時代で、残った川たちも臭気を発散する迷惑な存在でしかなかった。少し郊外に出ても神田ではまず見られない「ドブ」が存在していて、それも危険で臭いものでしかなかった。

だから僕は自然に流れる野趣あふれる川に憧れた。人工的な流れは×、自然が〇という嗜好が徐々にできあがっていき、その影響でダムも好きにはなれなかった。清流、急流への思いが強く、僕のいちばんの河川・四万十川への憧憬はそういう生い立ちからきたものだ。

しかし、今回「暗渠マニアック!」に出会い、人間の営みと川との関わり、暗渠と開渠の織り成す歴史とドラマに突然傾倒していった。知りたい欲、見たい欲が止まらない。家の近く、会社の近くにも存在する流れの痕跡や暗渠に、のめり込んでいく自分を感じている。

今まで僕は地図が好きだということをあまり表面に出してこなかった。それは、あまりに偏った趣味だし、人様に宣言するようなものではないと思っていた。でも、千葉・地図ラーの会を立ち上げ、同じような感覚を持つ人たちと出会い、そのおかげでこの本に出会うことができた。地図好きは、けして偏った趣味ではない。それを体現して著書にまでしてしまうお二人に感動したし感謝している。自分が好きなことを素直に表現して奥深く進んでいく。こういうことが人生を豊かにしてくれるんだと思った。

出会いに感謝。吉村さん、高山さん、本当にありがとう。感無量とはまさにこのことだ。