小学校で地理の勉強が始まったとき、たしか地元を知るようなところから入った(ハズ)。僕は神田で生まれ育ったので、小学校2年か3年に「わたしたちの千代田区」という教科書があり、その次の年度には「わたしたちの東京都」(?)を勉強した(ハズ)。

そして次の年度で対象が日本全国になり、ここで人生初の日本地図帳が配布された(ハズ)。

僕はその地図帳が大のお気に入りとなり、家にいるときは寝ても覚めてもずっと地図を眺めていた。ただ、我が家は経済的に余裕がなかったので、その地図を見てここへ行きたいと思ってもかなうことはなかった。そのため僕は地図を見てその場所に思いを馳せるという仮想旅行に日々勤しんでいた。

当時はインターネットもなく、行ったことのない場所の映像はテレビか写真で見るしかない。しかし、テレビも今みたいに旅番組というジャンルは盛んではなく、例えば東北の北上川は、実際にそこに旅行に行った人に頼んで写真を撮ってきてもらって見るという状態だった。

ちなみに日本の川の中でも、僕の憧れの対象は信濃川、石狩川、利根川、天塩川と言った大河だった。この4つのうち、大人になってから、信濃川、石狩川、利根川は見ることができたが、あいにく天塩川は行く機会がなく未踏のままだ。

学校から帰ってくると僕は、地図帳と薄紙(トレーシングペーパーなどという高価なものはなかった)をもって机に向かい、ひたすら日本地図と川の流れをトレースした。この作業をしている僕は、誰がどう見てもかなり不気味な少年だったことだろう。

その後、母の田舎(三河)に行くときに多摩川、相模川、富士川、酒匂川、大井川、天竜川などを白黒のバカチョンカメラで撮り、矢作川、矢作古川もカメラに収めたりしていた。

なぜ川が好きなのかは今となってはわからない。湖も好き。山とか等高線も好きだけど、やはり川には及ばない。山あいにある名もない小さな流れに今はちょっと萌えている(笑)